奇数の完全数の最大素因子について

[Japanese/English]
近畿大学の大野泰生さんと共同で、 「奇数の完全数がもし存在したとすると、 その最大素因子は 108 以上でなければならない」 ということを示しました。 これまでの記録は以下の通りです。

記録 発表年 著者
60 1944 Kanold [8]
104 1973 Hagis and McDaniel [5]
105 1975 Hagis and McDaniel [6]
3 x 105 1978 Condict [2]
5 x 105 1982 Brandstein [1]
106 1996 Hagis and Cohen [4]
107 2003 Jenkins [7]
108 2008 Goto and Ohno [3]

我々の方法は、基本的に 106 の記録を作った Hagis and Cohen と同じものですが、円分多項式のある性質を利用することにより、 飛躍的に処理速度が向上しています。我々は、 Jenkins が公表している UBASIC プログラムも参考にし、それらを改良しました。 実際の計算には、九州大学情報基盤研究開発センター に御協力頂きました。108 の記録を達成するために、 同センターの計算機を用いて、約 26,000 時間の計算時間を必要としました。 我々は、常時約10個の CPU を同時に用いましたので、 およそ4ヶ月で計算は終了しました。 Jenkins は 107 の記録を作るのに、 のべ 25,800 時間の計算時間を必要としたと報告していますが、 我々のプログラムと市販の PC を用いると、42 時間しか必要としませんでした。 このデータは、我々のプログラム改良がいかに有効であるかを物語っています。

より詳しくは、次のテキスト及びプログラムを御参照下さい。

日本語版テキスト (PDF ファイル)

プログラム (圧縮ファイル、 Windows 上で解凍するには Lhaplus がおすすめです)

UBASIC は Windows でのみ、GP2C は UNIX でのみ使用可能ですので御注意下さい。 なお、PARI/GP は Windows, UNIX の両方で使用可能です。 これらは全てフリーのソフトウェアです。

  • UBASIC のページ (木田祐司先生)
  • PARI/GP のページ (PARI group)


  • 本研究の意義

    完全数は有名な対象ですから、 このページは様々な方が御覧になるのではないかと期待しています。 よって、必ずしも数学的素養のある方を対象とした文章ではありませんので、 やや表現が回りくどいと感じられるかもしれませんが、悪しからず御了承下さい。

    「記録を10倍に伸ばすためには、10倍の計算時間だけが必要」 と勘違いされることがありますが、事はそれほど簡単ではありません。 示すべき事実は、
    3 e(3) 5 e(5) 7 e(7) 11 e(11) ..... 99999989 e(99999989)
    (99999989 は 108 以下で最大の素数) の形の完全数が存在しない、ということです。 e(p) たちの組合せとして、どんなものを持ってきても完全数にならない、 ということを確かめなければならないのです。 つまり、単に計算機を走らせれば良い、というものでは決してなく、 論理の力も必要、ということです。 その方法論は、多くは我々の手柄ではなく、先人たちによるものです。 我々は、その方法に少しの手を加えて、より効率の良いものにしました。 20,000 時間強も計算機を走らせるなど、通常はできませんが、 元の記録である 107 ならば、 市販の PC で2日弱あれば確かめられるようになりました。 つまり、本研究の一つ目の意義として、

    (1) 誰でも記録 107 を確かめられるようにした

    というものが挙げられるでしょう。 次に、多くの計算時間を使ってのことですが、 記録を 108 に伸ばしました。これによって、

    (2) 奇数の完全数が存在しないことの傍証を与えた

    と言えるでしょう。もちろん、記録をいくら伸ばした所で、 奇数の完全数が存在しないことの証明にはなり得ないのですが、 ありそうもない、ということには多くの方に賛同して頂けるでしょう。 現在でも、ひょっとしたら存在するかもしれないと考えて、 計算機で探している方もいるそうですが、 そのような方に探索の範囲を示して無駄な時間を使わせずに済む、 という効果もあります。さて、奇数の完全数の存在性は、ABC 予想という、 非常に重要な数学的予想と関連があります。 よって、やや風呂敷を広げるならば、

    (3) ABC 予想が正しいであろうことの傍証を与えた

    と言えるかもしれません。

    少し違った視点から考えてみましょう。 現在の数学は、非常に細分化、専門化されていて、数学者でない方には、 数学の研究がどんなものなのか、説明するのも困難です。 整数論と呼ばれる分野でも、(通常想像されるように) 整数を直接扱うのではなく、 一見なぜそれが整数と関係あるのか分からない、 高度な数学的対象について研究されています。 よって、研究によって新しい成果を得ようとするならば、 通常は、非常に高度な専門的知識および問題処理能力を必要とします。 しかし、計算機を用いるならば、 比較的初等的な対象について新しい研究、面白い研究ができる可能性があります (これはある方の受け売りなのですが)。 本研究は、このことの良い例になっていると思います。 言い換えると、

    (4) 数学の研究を一般の方々にも身近に感じてもらえるのではないか

    という意義があると思います (実は、 これが一番大きな意義ではないかとさえ私には思えます)。 ただ、計算機を用いた数学の研究は、 まだあまり受け入れられていないように感じます。 次に、このことについて少し議論しましょう。


    計算機を用いた数学研究の是非

    古来、数学の研究には、紙と鉛筆さえあれば良いとされてきました (これに加えて資料=本、論文も必要かと思いますが)。 アルキメデスは殺される間際にも、地面に棒で図形を描いていたと言います。 ガウスは計算機など無くとも素数の表を作っていたそうですし、 ラマヌジャンは計算機では見付けるべくもない複雑で美しい式を沢山発見しています。 彼らへの敬愛の念からか (いや私も敬愛していますが)、 計算機を用いることは邪道だと思われがちです。 四色定理 (注1) が計算機を用いて証明されたときも、 あまり反応はよくなかったと言います。

    計算機否定派の意見の一つとして、「計算機は信用できない」 というものがあります。普通の紙に書いてある証明と違って目に見えないし、 バグや故障があったらどうするのか、ということです。 この意見はもっともです。 率直に言いますと、奇数の完全数の最大素因子が 108 以上である、 という「定理」を「証明」した、と述べるには若干抵抗があります。 「事実」を「確認」した、と述べるのが正確であるように思います (注2)。 しかし、計算機を使った研究がナンセンスだとまでは思いません。 実験科学では、実験によって事象を観察し、推論によって結論を導きます。 ここで、実験には再現性が求められます。つまり、どこで誰がどのように実験しても、 同じ結果が導かれなければなりません。 計算機を使った研究は、これと同じではないでしょうか。 つまり、科学としては認められるはずです (少なくとも、 近年よく報道される再現性の無い研究発表よりはまともでしょう)。 ただ、個人的な感想としては、 計算機を用いない純粋な数学とは区別するべきだろうとは思います。 例えば、「数理科学」(注3) と呼ばれる分野の一部だと考えるべきでしょうか。

    計算機否定派のもう一つの考えとして、 「計算機で確かめられる程度の事実は取るに足らない」 というのがあるようです。 確かに、計算機で確かめられる事実は所詮有限であり、 無限を論理によって扱うのが数学の真髄ではあるでしょう。 しかし、「取るに足らない」と考える方ほど、 計算機に対して理解が無い場合があります。 例えば、10300 以下に奇数の完全数が存在しないことが計算機を用いて確かめられた、と聞いて、 「1から順に確かめれば良いのでしょう?」と考えるような場合です。 1から順に確かめたのでは、仮に1秒間に1兆個の数をチェックできたとしても、 宇宙の年齢と同じだけかかっても 10100 にさえ遠く及びません。 計算機の速度は、一般に思われているほど速くはないのです。 そこで、素因数分解、 暗号化や復号化といった作業をなるべく効率良くする方法を考えるのであって、 これらの研究は取るに足らないどころか、非常に重要です。 極端な例え話ですが、計算機を用いて1兆桁の素数を発見した、と言われれば、 その結果よりも過程が興味深いでしょう。 本研究でも、プログラムの改良に意味があると思います。

    (注1) どんな複雑な地図も四色あれば塗り分けられるという定理。 「五色定理」ならばちょっとした論理でエレガントに証明できるものの、 四色定理は現在のところ、計算機の力を借りなければ証明できない。
    (注2) 先人たちは、「定理」を「証明」した、と述べているので、 自分からわざわざ格下げすることもなかろう、という計算によって、 論文ではそのように書いた。 計算機によって確かめる部分を「仮定」と名付け、 「その仮定が正しいならば定理も正しい」ということを「証明」した、 そして「仮定」は計算機を用いて確かめたので定理も「確認」された、 と述べるならばより正確であろう。
    (注3) 「数理科学」という言葉は最近よく使われるようであるが、 正確に何を指すのかはっきりした定義は分からない。 ただ、いわゆる「数学」を真部分集合として含むのは確かなようである。
    (文責:後藤丈志, 東京理科大学理工学部数学科)

    参考文献

    [1] M. Brandstein, New lower bound for a factor of an odd perfect number, Abstracts Amer. Math. Soc., 3 (1982), 257, 82T-10-240.
    [2] J. Condict, On an odd perfect number's largest prime divisor, Senior Thesis, Middlebury College, 1978.
    [3] T. Goto and Y. Ohno, Odd perfect numbers have a prime factor exceeding 108, Math. Comp., 77 (2008), 1859-1868.
    [4] P. Hagis, Jr. and G. L. Cohen, Every odd perfect number has a prime factor which exceeds 106, Math. Comp., 67 (1998), 1323-1330.
    [5] P. Hagis, Jr. and W. L. McDaniel, On the largest prime divisor of an odd perfect number, Math. Comp., 27 (1973), 955-957.
    [6] P. Hagis, Jr. and W. L. McDaniel, On the largest prime divisor of an odd perfect number II, Math. Comp., 29 (1975), 922-924.
    [7] P. M. Jenkins, Odd perfect numbers have a prime factor exceeding 107, Math. Comp., 72 (2003), 1549-1554.
    [8] H. J. Kanold, Folgerungen aus dem Vorkommen einer Gauss'schen Primzahl in der Primfaktorenzerlegung einer ungeraden vollkommenen Zahl, J. Reine Angew. Math., 186 (1944), 25-29.
    [9] 大野泰生、後藤丈志 「完全数、円分数、及び ABC 予想」 日本応用数理学会論文誌, 第16巻第3号 (2006), 187-195.


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