調和数


数は楽しい

 ここを見て下さっている方はそんなことはないでしょうが、 「約数を足したり平均を取ったりして何の意味があるの?」 という意見をお持ちの方に一言。 いや、はじめは意味があるかどうかは分からないかもしれませんが、 すごく楽しいのです。数を習いたての頃に、 数で遊ぶという経験は誰にでもあるのではないでしょうか。 私は、小学校の2年か3年くらいの時、簡単な掛け算を習い、 位取り記数法によっていくらでも大きな数を表せることを知った頃、 数をどんどん倍にすることに夢中になったことがあります。 大きな紙を用意し、右上の端に 1 と書き、 その下に 2、4、8、... と続けていきます。 すぐに桁数が大きくなるのですが、一の位、 十の位がきれいに縦に並ぶように丁寧に書きました。 2の50乗くらいまで計算したでしょうか、その苦労の跡を眺めながら、 「いつも三回か四回で桁が一つ増えるんだなあ」 とか「一の位は最初の 1 は特別として 2、4、8、6 の繰り返しだなあ」 などという発見をして一人で喜んでいました。 次に十の位は繰り返しがないだろうか、と疑問に思ったのですが、 1、3、6、2、5、2、4、9、9 と無秩序に並んでいるように 感じて諦めてしまいました。もう少し突っ込んで考えれば、 一の位とセットにすれば 00 から 99 までの百通りしかないのだから、 必ず繰り返しが現れることに気付いたかもしれません。 実際は一の位には 2、4、6、8 しか現れないのだから、 可能性は四十通りに絞られます。 興味のある方はその四十通りが全て現れるのか、 それとももっと短い周期で繰り返すのか計算してみてください。
 このように数には、それ自身「パズル」がたくさん隠されています。 しかも人為的に作られて答えが用意されているようなパズルではなく、 「自然にそこにある」パズルなのです。数学者と呼ばれる人たちは、 個々のパズルを解きながら、その中に普遍的な意味を見出そうとします。 先の例で言えば、百の位の周期はいくらだろうか、 千の位の周期はいくらだろうか、という各々のパズルを解きながら、 「その周期たちに何か法則はあるだろうか」 という新たなパズルに挑戦したくなるかもしれません。 そして、そのようにして発見した法則から重要な意味を見出すことがしばしばあるのです。

完全数

 調和数の前に、完全数について説明しましょう。完全数とは、 「真の約数の和が自分自身になる数」のことです。 例えば、6 の約数は 1、2、3、6 の四つですが、「真の約数」 とは自分自身より小さな約数ですので、1、2、3 の三つです。 これを全て足し合わせると 6 に戻ります。したがって 6 は完全数です。 このような性質を持つ数は極めて珍しいのです。 例えば、10 の真の約数は 1、2、5 ですので、全て足しても 10 に満たず、 12 の真の約数は 1、2、3、4、6 ですので、全て足すと 12 を超えてしまいます。 6 の次の完全数は 28 です。なぜなら 1+2+4+7+14=28 ですから。
 このようなことを初めて考えたのは、 おそらく紀元前 6 世紀頃のピタゴラス (もしくはピタゴラス教団の誰か) でしょう。このような性質を持つため、6 や 28 は特別で神秘的な数、 完全な数と考えられました。ここで笑ってはいけません。 現代で 4 や 13 は縁起の悪い数、 3 や 7 は縁起の良い数と考えられてるのと同じようなものでしょうか。 神話によれば神が六日で世界を創造したこと、 月が約二十八日で地球を公転することとあいまって、 6 や 28 の神秘性は増していきました。 少し話がそれますが、一般に神は七日で世界を創造したと言われるものの、 最終日は休息日であり、 これにちなんで月曜日から日曜日までの曜日の概念が産まれたというのが通説です。 また、月の楕円運動は太陽からも影響を受けるため、 公転周期を正確に述べることは難しいそうです。 さて、古代から次の四つの完全数が知られていました。
                    6 = 1+2+3
                   28 = 1+2+4+7+14
                  496 = 1+2+4+8+16+31+62+124+248
                 8128 = 1+2+4+8+16+32+64+127+254+508+1016+2032+4064
一万以下にはこれ以外の完全数は存在しません。そして、 五番目の完全数を皆で探すのですがなかなか見つかりません。 そのうち、紀元前 3 世紀頃のユークリッドという人が、 『原論』という本を書きます。 これは、『聖書』に次ぐロングセラーと言われています。 その中で彼は、

2p-1 が素数のとき、 2p-1(2p-1) は完全数である

ことを示しています (「素数」って何だ、 という方はこちら)。上の四つの完全数は、 この式に p=2、3、5、7 をそれぞれ代入して得られます。簡単に分かることですが、 2p-1 が素数であるためには、p が素数であることが必要です。 しかし十分ではありません。p=11 のとき,211-1=23×89 なので、 これは素数ではなく、よって完全数は得られません。 五番目の完全数がしばらく見付からなかったのはこのような事情によるのでしょう。 だいぶん時代が後のことですが、18世紀の数学者オイラーは、

偶数の完全数は 2p-1(2p-1) の形 のものに限る

ことを証明しました。これによって、偶数の完全数を探すことは、 2p-1 の形の素数を探すことと全く同じことになりました。 この形の素数はメルセンヌ素数と呼ばれます。時代をさかのぼって、 五番目の完全数が見付かったのは実に1456年のことで、 その数は 33550336 です。ユークリッドの公式に p=13 を代入して得られます。 213-1=8191 が素数であることを確かめればよいわけで、 少し忍耐力のある人ならばできるでしょう。その後、 およそ百年に一つ位のペースでメルセンヌ素数が (その結果として完全数が) 発見されます。1876 年にリュカという人が十二番目の完全数

14474011154664524427946373126085988481573677491474835889066354349131199152128

を発見しました。77桁の数です。そのためには、

2127-1 = 170141183460469231731687303715884105727

が素数であることを確かめる必要がありました。この39桁もの数が、 どんな数でも割り切れないことを確かめるなんて、ちょっと大変ですね。 彼は今日ではリュカテストと呼ばれる、 2p-1 の形の数が素数かどうか判定する方法を用いました。 この方法は大変強力で、現在でも用いられています。 コンピュータの発達した現在でも完全数はわずか四十四個しか見付かっていません (2006年10月現在)。その最大のものは何と一千万桁を軽く越えます。 現在、多くの人々が新たな偶数の完全数を見付けようとしています。 詳しくは GIMPS のホームページを御覧ください。この競争に参加するには、 メルセンヌ素数を探すプログラムをダウンロードして、 コンピュータが空いている時間にプログラムを走らせれば良いそうです。 実際に見付けることは宝くじに当たるようなものでしょうが、 発見者として歴史に名を残すことが出来ます。
 しかし、そもそも四十五個目の完全数が存在することは保証されていません。 次の問題は誰にも解かれていないからです。

完全数は無数に存在するのか?

それから、今までに奇数の完全数は一つも見付かっていないのですが、 次の問題も未解決です。

奇数の完全数は存在するのか?

これらはおそらく最古の未解決問題でしょう。 近年解かれて話題になったフェルマー予想は350年ほど未解決のままでしたが、 こちらは2000年以上の歴史を持ちます。 これらの予想を初めて提唱したのが誰なのか定かではありませんが、 紀元100年頃のニコマコスという人の著書に、「完全数は無数に存在する」 「完全数は全て偶数である」ということが証明なしに書かれているそうです。 もっとも、「n 番目の完全数は n 桁である」とか 「完全数の一の位は 6 と 8 が交互に現れる」という間違いも記されているので、 彼の言うことを手放しでは信用できません。 ただし、私自身は,完全数は無数に存在して全て偶数であると信じています。

問1. 偶数の完全数の一の位は 6 または 8 であることを示してください。
問2. 6 以外の偶数の完全数の下二桁は 16、28、36、56、76 のいずれかであることを示してください。 この事実はリュカが初めて指摘したそうです。ヒントはこのページの上の 「数は楽しい」で述べられていることです。

調和数

調和数とは「約数の調和平均が整数であるような数」です。 調和平均とは聞き慣れないかもしれませんが、「逆数の平均の逆数」です (それって何の意味があるの、という方はこちら)。 例えば、6 の約数は 1、2、3、6 なので、 これらの逆数の平均
を計算すると 1/2 になります。そのまた逆数ですから調和平均は 2 です。 これは整数ですから 6 は調和数です。このような性質を持つ数は、 完全数ほどではありませんが、かなり珍しいです。 調和数が面白いのは、次の事実があるからです。

完全数は調和数である

証明はさほど難しくありません。 このことより完全数 6 が調和数であることは当たり前なのでした。 n の約数の調和平均を H(n) と書くことにしましょう。 例えば、上に計算したことより H(6)=2 です。 また、H(1)=1 です (1 の約数は 1 だけですから)。 完全数でも 1 でもない最初の調和数は 140 です。 H(140)=5 であることを確かめてみてください。 ところで、1010 (百億) までに完全数はわずか六個しかないのに対して、 調和数は百八十個あります。 それでもやはり (1 を除けば) 偶数のものしか見付かっていないのです。

奇数の調和数は存在するのか?

1948年に調和数の概念を初めて考えたオレという数学者は、 「1以外に奇数の調和数は存在しないだろう」と予想しました。 これを「オレの予想」と言います。もしこの予想が正しければ、 奇数の完全数も存在しないことになります。また,次の問いも未解決です。

調和数は無数に存在するのか?

 最後に、「調和数」という言葉は別の意味にも用いられることを注意しておきます。 1 から n までの逆数の和を n 番目の調和数と呼びます。 これについては,例えば、二番目以降の調和数は全て整数にはならない、 ということが知られています。これと区別するために、 完全数の一般化としての調和数は「オレの調和数」と呼ばれることもあります。

さらに詳しく


ちょっと注意

 プロやセミプロの数学者の方には釈迦に説法でしょうから、 それ以外の方々に一言。ひょっとすると、ここの文章を読んで「よし、 自分が予想を解いてやろう」と思われたかもしれません。 確かに誰も答えを知らないパズルを解くことは魅力的ですし、 そのような意気込みに水を差すべきではないかもしれませんが、 これらの予想が2000年以上にわたって天才たちの挑戦をはねのけてきたことを忘れてはいけません (調和数が無数に存在するか、という問いだけは50年程度ですが)。 簡単に理解できる未解決問題ほど難しいのであって、 一般の数学者はより専門的な問題に取り組んでいるのが普通です。 私自身は調和数についてほんの部分的な結果を得たに過ぎません。 勝算があってそのような部分的な問題に取り組むとか、 少し (数ヶ月程度) 考えてみるだけならともかく、 正統の未解決問題に多くの時間を費やすのはおすすめしません。


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